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昔、あかり(火)はどんなものでどんな意味があったか

人類が一番初めに火に遭遇したのは落雷や火山弾や溶岩流または山火事などでありましょう。
彼らにとって自然発火による火にはとても驚いたことでしょう。そして火の猛烈な破壊力と清浄力は人類に驚異の念をあたえ火の神の信仰を生むにいたりました。
そしてあかり(始めは焚き火のようなもの)は照明器具として使われていったのは勿論ですが、宗教的にも意味の深いものとして伝えられてきました
また6世紀の仏教の伝来により宮中などの上流階級や多くの寺院で燈篭、燈台といわれるものが使われ始めます
燃料にも大陸からの輸入の蜜蝋燭(蜂の巣の蝋成分で作ったろうそく)や植物油(ハシバミ、胡麻、荏胡麻など)が使われました

時代によってどのようにあかりは使われたか

そうしたあかりは鎌倉時代くらいまではとても高価なもので庶民には手の届かないものでした
しかし、室町時代になると漆や櫨(はぜ)の実からとる蝋で蝋燭を作られるようになると徐々に
行灯(あんどん)や提灯、蝋燭も普及していきます。

お盆とは何か

お盆の時期は、7月13日から16日とされていますが、地域によっては旧暦に合わせたり、8月13日から16日にかけての「月遅れ盆」も多く見られます
この時期にご先祖様が帰ってきていてもてなし、また供養することです。
また施餓鬼といいましてこの時期にされるさまざまな精霊を供養するための盆棚(精霊棚)も飾られます。
お盆に迎えた精霊をなぐさめ供養するため盆おどりなども行われます(現在は納涼の意味が強いようです)

盆灯篭は何のためにいつから使われ、現在はどのようになっているか

鎌倉時代の藤原定家の明月記(1230年)の7月14日の条には(近年民家にて今夜長竿をたて、その先に燈楼の如きものをつけ、紙をはり、燈をあげて、遠近これにあり。遂年その数多く、流星に似たり)とありまして
この「長竿の灯楼」が高燈篭であり精霊を迎える目印のためにあげたと思われます

江戸でも高灯籠は名物でした。お盆の時期に竿の先に灯籠をぶら下げてっぺんに杉の葉をまいて飾りました、現在の東京青山あたりで百人町の星灯籠と呼ばれていました。
現在は関東では茨城、栃木、千葉、埼玉 東北地方では福島、宮城、岩手などの地域でお盆の時期に精霊を迎えるためにそれぞれの地域の形状や上げ方で飾っています。また、関東より西の地域でも現在でも多く使われています

灯篭の種類

燈籠 元は文字通り、灯(あかり)籠(かご)であり、あかりの火が風などで消えないように木枠と紙などで囲いをしたもので始めは僧侶が用いたとされる。

石燈籠 燈篭は仏殿に燈明を捧げる為の仏具として仏教伝来とともに大陸から輸入されたのが始まりです
東大寺法華堂前の石灯籠など古いものは献燈の趣旨を完全に表現したものが多い

釣り灯籠   僧坊用の照明用器具から起こり、のちに寺社や仏閣などの常夜灯として使われた釣り灯籠。

切子とうろう    軒先や祭壇に飾られる盆灯篭の一種で多面体の火袋に下部に紙が垂れ下がっている

灯台の目的の高灯籠 人類が舟を用いて海へ出ることを考えだしたのは、何干年も昔のことです。その頃は目的地へ行くためには、山の頂とか岬、あるいは特徴のある大きな木など自然にあるものを目標として利用したことは容易に想像できます。しかしだんだん船が大きくなり、夜間あるいは遠い海上までも出ていくようになると、暗い夜でも、また、はるか遠い所からもよく見えるようなものが必要になり岬や島上、あるいは建造物の屋上で火を焚いたり、煙をあげたりして航海の目標とする方法が講じられるようになりました。これが灯台のそもそもの始まりです。    *住吉神社の境内に漁民が夜船を出すための安全祈願のために寄進した燈籠や鎌倉時代に作られた日本最古の灯台を再現した高灯籠もあります